人頭税(にんとうぜい)、って聞いたことありますか?
宮古島の歴史の中では、絶対に外すことのできない言葉の一つです。
宮古・八重山島民を苦しめた
そんな歴史の一端に触れられる場所が、
宮古島の平良、荷川取漁港近くにある人頭税石です。
人頭税石
人頭税石のゴツゴツとした岩肌に触れた時、
リゾートや癒しというイメージだけでない、
宮古島のあまり知られていない過酷な歴史を生き抜いた
先人達から現代へのメッセージが聞こえてくるようです。

海沿いの道に立つ高さ143㎝の石柱、人頭税石

平良荷川取の海沿いの道のわきに、ポツンと立っている石柱、
よく注意してみてないと、通り過ぎてしまいそうです。
ポツンと立っている石柱
これが人頭税石、地元では「ぶばかり石」といわれています。
ぶばかり、の「ぶ」は「賦」のことで、税金を意味します。
「この石より背が高くなったら税金が課せられた」という言い伝えがあり、人頭税を納めるための目安にされてきたものではないかと
いわれてきました。
石柱の高さを測ってみると、約143㎝。
2013年のデータによると、小学6年生男子の平均身長がちょうど145㎝。
その昔の平均身長はもっと低かったと考えられますが、
それでもまだ大人ともいえないような年齢からの課税が想像されます。
しかし近年、その言い伝えは否定されつつあることを知り、
また、改めて人頭税とは何であるのかを勉強するため、
宮古島総合博物館を訪ねてみました。

宮古・八重山の農民を苦しめた人頭税の歴史

1637年、薩摩藩から支配され重税をかけられた琉球王朝は財政に困窮し、
その分を宮古、八重山地方の人々に厳しい人頭税を課します。
人頭税は、1903年(明治36年)までの約260年にわたり島民を苦しめ、
「世界でもっとも残酷な税」といわれています。
明治時代になっても続く人頭税に再び農民は立ち上がり、
やがて島をあげての大運動に発展します。
運動は激しい弾圧を受けるも命がけの抗議を行います。
新潟県出身の中村十作(なかむらじゅうさく)と
沖縄本島出身の城間正安(ぐすくませいあん)、
宮古島島民代表として平良真牛(たいらもうし)、西里蒲(にしざとかま)の4名を上京させ、1894年に国会で直談判行い、
人頭税廃止の約束を取り付けました。
国会での請願から帰郷した代表者達を島民揚げて出迎え、
鏡原馬場でクイチャーを踊って祝ったといわれています。
そして1903年、島民の悲願であった人頭税の廃止が決定するのです。

人頭税石とはいったい何か?①

では、平良荷川取にある人頭税石とはいったい何なのでしょうか?
宮古島市総合博物館
宮古島市総合博物館の與那覇学芸員とともに、
宮古島の人頭税廃止100年を記念して作られた冊子をもとに紐解いてみた。
與那覇(よなは)さんに寄ると、
そもそも人頭税は、数えで15歳から50歳までの男女に税が課せられ、
男は粟(あわ)、女は布、宮古上布を納めることが定められており、
人頭税石と比べて、身長によって線引きしたのは考えにくいという。
しかし、戸籍のない時代に年齢詐称を防ぐために
ある程度の身長の高さで線引きしたとも考えられるが、
宮古島内のここにしか人頭税石がないのが不自然だという。
当時の宮古島内には下地村、砂川村、と四つの村があり、
各村にもこのような石があるべきではないか?という疑問が出てくる。

人頭税石はいったい何か?②

言い伝えの通りでないとすれば、人頭税石はいったい何でしょうか?
1975年代の新聞社に各人からの投稿が相次ぎ、宮古島で大論争となる。
石垣島には、人頭税石とそっくりな星見石といわれるものがあり、
これは、その名の通り、
星を見て暦を読むために中心となる存在だったのではと推測されている。
人頭税石がこのように使われたのではないかという説もあれば、
琉球列島の一部にあった石柱信仰の名残ではないかともいう説もある。
いずれにせよ、與那覇さんがいうように、
身長で線引きするための岩とは考えにくく、
宮古島内でここだけにぶばかり石があるのも不自然なことから、
人頭税石は史実とは無関係であるようです。
宮古島総合博物館の外
謎は結局謎のままでしたが、
宮古島総合博物館を後にし、
もう一度人頭税石に寄ってみることにしました。

人頭税石に思いを馳せる

人頭税廃止の喜びに沸く島を思い描き作られた宮古民謡、
鏡原馬場あやぐ(カガンバリンマバあやぐ)は、
高音が響く明るい力強い調子の宮古民謡の名曲です。
鏡原馬場のあやぐの4番の歌詞にこうある。
鏡原馬場跡
鏡原越ぬナダラ馬場ぬど フニラ嶺ぬ南眺めかぎさ ディカシミサマチ
昔ぬ人頭税廃止ナス°タイバ ういがかぎ祝ゆばー 此処でぃかし
島ぬ兄たがど 早馬持ち 揃走す°かぎさ 見ずみ審判台
香す姉兄たが前ばにぬ 落きゃかぎ祝儀つあでかし元馬場
「香ばしい姉兄達の、ふんどしが落ちるまで、盛大なお祝いをしよう」
と謡っています。(平良重信宮古民謡集より)
人頭税廃止への命がけの抗議、陳情は何度も弾圧されてきました。
過酷な歴史の中を諦めることなく生き抜き、
266年に及ぶ苦しみからの解放は、
どれほどの喜びだったのでしょうか?
人頭税石のくぼみから生え花を咲かせている日日草
人頭税石のくぼみから、日日草かすっくりと伸び花を咲かせていました。

スマートポイント

人頭税石は、砂山ビーチや池間島方面に向かう260号線沿いの民家の前にあります。特に大きく標識があるわけでないので、見落とさぬように。

近くには、漲水御嶽や仲宗根豊見親の墓など、宮古島の歴史的、文化的な場所があり、歴史散策をお勧めです。

人頭税石近くには、ジュース屋うるがあります。

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「に」なのか「じ」なのか読み方さえ曖昧であまり良く知らなかった人頭税でした。人頭税廃止運動は、現代に生きる私達に重大なメッセージを送っているように感じました。

Writer : 砂川葉子

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岐阜県出身、宮古島諸島のどこかの小さな島に在住。農業と民宿業、島興し業と並行してライター業にも携わる。

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