斎宮行列
遥か昔の装束に身を包んだ、京都の雅な行列といえば、下鴨神社、上賀茂神社を舞台とした葵祭、京都御所を出発して平安神宮へ向かう時代祭の2つが有名です。しかし時代祭の一週間前にも嵐山で行われる雅なお祭りがあります。それが今回紹介する斎宮行列です。2016年に第18回を迎えた斎宮行列は、斎宮代をはじめとする平安時代の装束に身を包んだ行列が、伊勢神宮の斎宮へと向かう群行を再現した行事で、嵐山を舞台に優雅に練り歩きます。

斎宮行列とは?

今回紹介する斎宮行列は、ちょっと聞きなれないワードの多いお祭りです。まず行列の主役でもある斎宮は、本来は斎王と呼ばれる役職で、天皇の名代として伊勢神宮の天照大神に仕えるために、天皇の娘や姉妹などの中から、卜定(ぼくじょう)という占いによって選ばれた未婚の女性のことです。
斎宮
斎王は伊勢神宮に仕えるにあたり、京都で身を清め「神に近い存在」となり、伊勢神宮内に造営された斎宮(いつきのみや・さいぐう)と呼ばれる御所に籠り、天皇に成り代わり、世の平和を祈り暮らして、神に仕えたため、斎王自身が斎宮と呼ばれるようになりました。
斎宮行列の斎宮の様子
身を清め終えた斎王が、渡月橋の架かる保津川で禊を行い、京都嵐山の地を出発し、行列とともに伊勢神宮の斎宮までの道のりを歩いた様子を現在に再現したものが斎宮行列です。
行列

斎宮行列と野宮神社

行列の主役である斎王は、伊勢の斎宮に入るため、京外の清らかな場所に、その時限りの野宮と呼ばれる殿舎を造営。世俗から隔離され、足掛け3年の精進潔斎を行い、身を清めました。

斎宮行列の式典は、斎王が野宮を出発する場面からスタートします。
斎王が野宮を出発する場面
野宮は本来、斎王が嵐山を出たあとは、取り壊される殿舎でしたが、現在の出発の舞台となる野宮神社は、当時の野宮の跡地に造営された神社です。
野宮神社
野宮神社は、源氏物語や能の演目でもある『野宮』の舞台で、境内には美しい苔庭が広がり、木の皮が付いたままの自然木を使用した黒木鳥居が特徴的。
黒木鳥居
周辺の竹林と併せて静謐さの漂う場所で、斎王が身を清めた野宮にピッタリの美しい神社です。

斎宮行列は、673年に天武天皇の娘である大来皇女(おおくのひめみこ)の頃に制度が確立し、14世紀の南北朝、後醍醐天皇の時代まで、660年続いていた行事で、その間64名の斎宮が生まれました。

斎宮行列の隊列紹介

斎宮行列の代表的な人物、まず主役となのが斎宮代(さいぐうだい)。
斎宮代
十二単(じゅうにひとえ)に身を包み、葱華輦(そうかれん)と呼ばれる、御輿に乗っています。
斎宮代のアップ
現在は、民間人が務めるため、斎宮代と呼ばれています。

次に紹介する命婦(みょうぶ)という役職は、斎王の後見人を務める重要な役職で、三位クラスの高級女官が務めました。
女官
他に女官は、斎王の神事の補佐を行う采女(うねめ)と呼ばれる役職。
采女
女孺(にょじゅう)という役職の斎王の身辺雑務を行った女官が代表的です。
女孺
少年少女は、少年は戸座(へざ)、少女は火矩小女(ひたきのしょうじょ)と呼ばれる役職で、祭祀の重要な補佐を行いました。
少年少女
斎宮行列の先頭に立ち、馬に乗り群行を指揮するのが、責任者である監送使(かんそうし)。
監送使
他にも、斎王が乗る輿を担ぐ駕輿丁(がよちょう)や笛・笙・太鼓などが行列を構成。
笙
笛
斎宮行列の個々の役割を理解しておくと、見る楽しさがグッと増します。

斎宮行列のコース紹介

斎宮行列のスタートに先立ち、野宮神社で神主の祝詞騒擾などの神事が行われる中、斎宮代を乗せる輿が、野宮神社の鳥居前まで運ばれてきます。

神事を終えた斎宮代が輿に乗り、斎宮行列の開始です。

輿は野宮神社を出発し、竹林の小径を東側へ向かいます。斎宮行列が静謐とした、青く爽やかな竹林の中を、進むようすは、まさに平安絵巻。
斎宮行列が進む様子
1000年以上も昔の京の雰囲気に包まれます。

竹林を抜けた斎宮行列は、嵐山の市街地まで出ると、いったん北上。途中で進路を東へ取り、住宅街を抜け、嵯峨嵐山駅の方へ進みます。
嵯峨嵐山駅の方へ進む行列
先ほどまでの竹林とは対照的に、現代に蘇った平安絵巻という感じになります。周辺地域に住民は、家の軒先に立ち、斎宮行列を見送っています。

途中休憩を挟みながら、斎宮行列は南西へと進み、再び嵐山市街地へと戻ってきます。
南西へと進む行列
そして、斎宮行列は多くの観光客に見守られながら南へ進み、渡月橋を渡り、中之島公園で記念撮影が行われます。
渡月橋
中之島公園で記念撮影

斎宮行列と御禊の儀

中之島で撮影を行った斎宮行列は、渡月橋を再び渡り、保津川を少し上流へ進んだ、会場へ向かい、野宮で精進潔斎を終えた斎宮代が保津川で禊を行い、嵐山を後にする御禊の儀が行われます。
嵐山を後にする御禊の儀
普段は船着き場として利用されている、川岸に設けられた祭壇。宮司によって祝詞騒擾が行われ、斎宮行列参列者は紙の人形(ひとがた)に穢れを移し、神職の手によって保津川へと流されます。
紙の人形(ひとがた)に穢れを移している様子
保津川へ人型を流す神職
次に斎宮代が命婦、戸座、火矩小女に付き添われる形で、川へ進み、川に手をつけ禊を行い、人形を流し、御禊の儀が終了することにより、斎宮行列も終了となります。
斎宮代の禊
川に手をつける斎宮代

スマートポイント

斎宮行事は、第11代天皇である、垂仁天皇の時代に皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)が各地を巡って、伊勢の地に神宮を建立した神話的な伝承が発端となっています。

斎宮行列はスタート地点である嵐山で行われる式典ですが、ゴール地点である三重県明和町でも式典が行われます。保津川には、この明和町の式典からも関係者が出席し、巫女舞が奉納されます。

人の世を離れ、恋も許されず人々の平和を祈った斎王には、多くの悲恋エピソードが残されていて、舞台となった野宮神社は、恋愛成就・良縁・子宝安産などのご利益があるとされています。

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斎宮代が道を通る度に、観客から「キレイ」という声が漏れる斎宮行列。現在は、100人規模ですが、当時は500人規模で斎宮に到着するまでには、 5泊6日もかかったそうです。

Writer : けいたろう

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大阪在住のフードアナリスト。足を使って関西中の美味しい食べ物情報を探し出し配信します。お楽しみに!

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